研究内容の概要 (Outline of our research interests)

カチオンチャネルとは (Cation channels are)

 イオンの透過性を制御するイオンチャネルは、電気信号の発生や伝導、イオン輸送制御に中心的な役割を演じ、生体の恒常性維持に深く関与しています。またヒトをはじめ生物は外界からの刺激に反応し、適切な行動を取ることで生命を維持しています。そのため外界からの刺激や環境変化を感知するシステムは、生物にとって根源的な仕組みであり、太古から生物に備わった生理機能であるといえます。Ca透過性のカチオンチャネルの一種であるtransient receptor potential (TRP)チャネル(TRPチャネル)は様々な生体内外からの環境刺激により活性化されるイオンチャネルであることが明らかにされてきました。もっとも有名なTRPチャネルは、唐辛子の辛味成分であるカプサイシンによって活性化されるTRPV1チャネルです。唐辛子を食すると、我々は多くの場合、「辛い!」と感じます。この辛みの「センサー」がTRPV1チャネルと考えられています。しかし皆さんは不思議に思うかも知れませんー「わざわざ外来の物質(この場合はカプサイシン)に対するセンサーが必要?」。実は、TRPV1チャネルは熱(40度以上の高温)や酸(すっぱさ)によっても活性化され、こうした刺激のセンサー分子であることもわかっています。そのため唐辛子を大量に食すると辛さとともに熱く感じてしまうのも当然であり、TRPV1は生物を過度な熱環境から守るシステムを構成するセンサー分子の一つといえます。さらに熱刺激が昂じると我々は痛みさえ感じてしまいます。この点でTRPV1チャネルは痛みにも関わることが想像できます。このためTRPV1チャネルに作用する薬剤は痛みを引き起こしたり、逆に痛みを弱めたりする可能性があるといえます。ここでTRPチャネルと医療との接点が垣間見られます。

TRPチャネル修飾薬の臨床応用に向けた取り組み (Translational Research of TRP channel modulators)

 様々な生体機能に関わることが予想されるTRPチャネルは、疾患治療薬の標的候補にもなります。しかしいまだTRPチャネル修飾薬は臨床現場では使用されていません。本講座では、TRPチャネル修飾薬の臨床応用を目指し、国内外の研究者と積極的に共同研究を実施しています。

 最近、愛知学院大学、英国Leeds大学、独国マックスプランク研究所の共同研究チームは、アフリカ産植物由来の(-)-Englerin ATRPC4およびTRPC5チャネルを極めて強力に活性化することを見出しました(Akbulutら、Angewandte Chemi2015。この50%有効濃度は約10nM であり、これまでに報告された様々なTRPチャネル作用薬の有効濃度を大幅に上回るものでした。また大変興味深いことに、(-)-Englerin Aは腎臓がん細胞を選択的に殺傷することが知られ、この選択性が腎臓がんに存在するTRPC1/ TRPC4チャネルの活性化に由来することも明らかにしました。今後、臨床応用を目指し、研究を加速させる予定です。またフィンランド タンペレ大学との共同研究により、松に含まれる生薬成分のpinosylvinTRPA1チャネルを直接阻害すること、さらにこの作用が関節浮腫を寛解させることを明らかにしました(Molianenら、2015)。これらの成果は、天然物中には、まだまだ我々の知らない薬物候補物質が存在することを示唆しています。

伸展活性化カチオンチャネルの新たな機能と薬物の作用点としての可能性 (New functions of stretch-activated cationic channels and drug-target)

 愛知学院大学と英国Leeds大学の共同研究チームは、伸展活性化カチオンチャネルとして機能するPeazo1チャネルが胎生期の血管分化に必須であることを明らかにしました(Liら、Nature, 2014)。ヒト血管内皮細胞および遺伝子改変動物を用いた解析により、Peazo1チャネルが血管内皮細胞の遊走および配向性決定因子の一つであり、血流からの伸展刺激を受けて血管分化を制御することを示しました。Peazo1チャネルは、まだ発見から日が浅く、多くのことが不明です。とくに物理的刺激により発生する疼痛の治療薬の作用点として、その臨床応用が期待され、今後も研究を継続していく予定です。

臨床応用薬物によるカチオンチャネルの修飾と副作用発現機構の解明 (Modification of cation channel function by clinical drugs)

 臨床応用されている薬物のなかには、いまだその作用機序が不明なものが多く存在します。また近年上市された薬物のなかにも、作用機序不明の副作用を引き起こすものが存在します。本講座では、薬物の薬理作用および副作用の分子標的部位としてカチオンチャネルを想定し、様々な薬物のカチオンチャネルに対する作用を検討しています。

 最近、私たちは、武蔵野大学(小野秀樹教授)との共同研究により、インフルエンザ治療薬のタミフルがニコチン感受性型カチオンチャネルを直接抑制することも見出しました(Murakiら、20142015)。ニコチン感受性型カチオンチャネルは体温調整に関わる末梢神経節に存在することが分かっています。タミフルの副作用として報告されている低体温症が、神経に存在するニコチン感受性型カチオンチャネルに作用することで引き起こされる可能性を示す極めて重要な知見です。

 また古くから関節リウマチの治療薬として臨床応用されているオーラノフィンがTRPA1チャネルを活性化することや、今後開発が期待されている活性酸素などの産生を抑制する薬剤の多くに、TRPA1チャネル活性化作用があることも見出しています(Hatanoら、Am J Physiol, 2013Suzukiら、Am J Physiol, 2014)。TRPA1チャネルを介した疼痛などの副作用発現を防ぐために、臨床応用候補薬がTRPA1チャネル活性化作用を有しないことを調べる重要性を示す研究成果です。さらに最近、鎮痛薬として汎用されるボルタレン(ジクロフェナック)がTRPM3チャネルを効果的に抑制することを見出しました(Suzukiら、Pharmacol Res & Persp, 2016)TRPM3の生理機能の詳細は不明ですが、この抑制作用がボルタレンの抗疼痛作用を補助している可能性があります。